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"世界の野球"セルビア野球の挑戦と葛藤 バルカン・ベースボール事情あれこれ「セルビア野球との出会い」

2017年8月30日


ベオグラードの野球場(という名の原っぱ)にて2001年ごろ 下段右端が筆者

文・写真=辰巳 知行

「コーチになってくれないだろうか。」
 大きな男たちに取り囲まれ、にじり寄られた。2000年、セルビアの首都ベオグラードの原っぱで行われたソフトボールの親善試合後のこと。今回は話を17年前に巻き戻して、筆者とセルビア野球との出会いについてお伝えいたします。

 2000年当時、私はコソボで国際機関に勤めていました。秋にベオグラードで親善ソフトボール大会が開かれるということで、野球経験者であった私に在セルビア日本大使館から声がかかり、何となしに出かけてゆきました。大会と言っても、同大使館とアメリカ大使館の人たち、それにセルビアの野球関係者だけが集まる余興程度のもので、グラウンドは文字通り、ただの原っぱでした。
 ボールを握るのは久しぶりでしたが、高校時代はキャッチャーで4番、キャプテンをしていましたし、民間企業にいたころも会社のチームでやっていましたので、ゴロを普通にさばき、大きな当たりを何発か打ちました。すると、セルビアの選手たちの目には、「ゴジラ」級に写ってしまったようなのです。それもそのはず、セルビアに野球が「伝わった」のは冷戦崩壊後のことで、当時ではまだ10年程度の歴史しかなかったことが後で分かりました。日本では普通レベルのプレーヤーが、セルビアではゴジラになってしまう・・・。比較の問題とは恐ろしいものだと思いました。

 ある国の野球の草創期に遭遇してしまった訳ですが、試合後、大男たち(セルビア人は大きいのです)が私のところへやってきて、「コーチになってほしい」と真剣な目で迫ってきました。私はコソボで勤務している身でしたので、具体的な返事をすることもなく、その場はそれで流れましたが、上手くなりたい、野球を学びたいという大男たちのごつい顔は、私の脳裏にくっきりと焼き付いてしまいました。

 セルビアは旧ユーゴ紛争では「悪者」扱いされ、経済制裁のみならずNATOによる空爆を受け、国として非常に厳しい状況に置かれていました。人々の生活が困窮していることは、ベオグラードの街を歩けばすぐに分かりました。そのような状況下でも、野球をやりたいという人たちがいて、その彼らが私から野球を学びたいと言っている――。コソボに戻った私は、日々の業務に埋もれながらも、ベオグラード行きを少しずつ考えるようになっていました。

 任期のキリのいいところで仕事を辞し(ここに至る経緯については長くなりそうなので、今回は省略いたします)、いよいよベオグラードに移ることを選手たちに伝えると、彼らはとても喜んでくれました。折角なのでベオグラード大学の大学院にも通うことにし、これで滞在許可も無事にクリア。ビザを入手し、小さなアパートを借りて、私のベオグラードでの新生活はスタートしました。


2000年、セルビアで民主化革命が発生 この翌年にベオグラード入りした(写真はBBCワールドニュースから)

 まさか30歳を超えてこのような展開になろうとは思ってもみませんでしたが、こうなったら流れに身を任せてみようという心境でした。早速練習に参加し始め、概ね様子が見えてきた頃、まずは野球の基礎技術についてコーチングを開始しました。ところがです。私のアドバイスを全然聞かないではありませんか。何を伝えてもボーと聞いているだけで、何のリアクションもありません。「なるほど」、「ありがとう」等の返事もなく、私の声だけがむなしくグラウンドに吸い込まれてゆく・・・

 これがいわゆる「文化の違い」であることに気づくのは、私がもうコーチングはやめて楽しく一緒にプレーすることにしようと決めた後のことでした。日本ではアドバイスを受けたときなどは、何らかの反応を示して受け取ったことを相手に伝えようとしますが、セルビアではそのようなリアクションはなくてもよいのです。じっと相手を見つめ、話をしっかりと聞き、聞き終えたら次の行動に移る―。特にスポーツの場ではそういうコミュニケーションの流れが普通で、彼らにとっては真剣そのものの態度。「なぜ?」という違和感に気分を害していたのは、私だけだったのです。

 選手たちはどんどん上手くなっていきました。ただの原っぱだったグラウンドは、現在ではすっかり野球のフィールドらしくなり、ジグザグに地を這ってくる「パチンコ・イレギュラー」も今は昔です。競技人口も少しずつ増え、2017年現在、5つのクラブチームが年間を通じて国内リーグを戦い、代表チームは国際試合にも積極的に参加しています。このあたりの様子は、これまでの回をぜひご一読ください。

 結局、セルビアには足掛け8年ほど滞在し、野球、仕事そして妻と、この国に深く関わる結果となり、私にとっては第2の故郷のような国になってしまいました。今思うと、きっかけをくれたのも、セルビア社会への窓となってくれたのも野球でした。現在は東京勤務のため、彼らと一緒にプレーできないのが寂しくはありますが、「シニアゴジラ」としてカムバックできる可能性を、こころのどこかで探している自分がおります。
 当面は日本にいながらできる協力を続けてゆくつもりですが、目玉は何といっても、高校セルビア代表による日本遠征です。日本の高校を相手に連日のように国際親善試合を行う「武者修行の旅」は、昨年第2回遠征が実施され、概ね定例化の流れにあります。「百聞は一見に如かず」。WBSC世界ランキング1位の日本へ遠征し、より高いレベルの試合や練習を体感することは、セルビアにおける野球のレベルアップと普及を大いに促しています。次回は、この日本遠征についてお伝えする予定です。

著者プロフィール
辰巳 知行(たつみ ともゆき)
1968年10月18日生まれ
バルカン地域に勤務していた2000年代、誕生間もないセルビアの野球と出会う。以来、コーチ兼選手として、同国における野球の発展と普及に取り組む。セルビア高校代表チームの日本遠征を企画・実施する等現在も協力を続けており、いつの日か、セルビア代表が侍ジャパンに挑戦できる日が来ることを夢見ている。大阪府立北野高校野球部99期主将。

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