文・写真=長尾耕輔(JICA青年海外協力隊)
(提供:日本スポーツ振興センター、撮影:イワモトタケシ)
「目指せ、全国制覇!!」
「絶対に最後まで諦めるな!!!」 「俺たちは勝つためにここに来たんだ!!!!!」
野球には、甲子園。ラグビーには、花園。バスケには、インターハイ、ウィンターカップ。
日本では、各スポーツにそれぞれ "絶対的な目標" があります。 定期的に大会があり、週末には他校との練習試合、チーム内でも紅白戦があったりと、1年中、常に"目標"となるものが目の前にあるように思います。
でも、もし、"試合"がなかったら、もし、"大会"が年に1度あるかさえ分からなかったら、あなたは、今打ち込んでいるスポーツに必死になれますか?
モチベーション ~心の持ちどころ~
「コーチ。俺たちには目標がないよ。」
ある日、選手の1人にふとこう言われ、ハッとした自分がいました。毎週土曜日、様々な学校の生徒や卒業生が参加できる野球練習を行っていますが、大会のようにシビれる緊張感の中での試合は年末に行われる1回のみ。さらに、年に1度の野球大会は、主に学校対抗の試合となっているので、学校を卒業した選手にとっては、あまり魅力的なものとは言い難く、タンザニア野球の課題の1つでもあります。
また、そんな卒業生たちにとって、これまで"唯一"と言ってもいいモチベーションであった"タンザニア代表チームへの選出"。これに関しても、TaBSA (タンザニア野球・ソフトボール連盟) の資金不足から、2014年の初参加以降、国際大会への出場から遠ざかっています。
「今年もどうせ参加できない!!」
「ナショナルチームなんてないじゃないか!!!」
学校を卒業し、野球ができる環境から "行き場" を失ってしまった選手たち。不満が少しずつ募ってきています。各学校の生徒も、試合が年に1度だけでは、なかなかモチベーションが上がらないのも事実としてあります。指導者がいないチームでは、大会の数週間前だけ集まり、チョロっと練習をして、大会に臨む。大会が終われば、野球はお休み。気が向いたときだけ、キャッチボールをする… 毎年この繰り返しです。もちろん、運動の選択肢に "野球" があることはうれしい限りですが、これではなかなか野球の普及やレベルアップには繋がりません。
そんな中、"この現状をどうするか"
ヒントは、「日本野球の原点」 にありました。
日本野球の原点。
日本の野球がどのように始まり、どのように広まっていったのか。みなさんは"日本野球の原点"をご存知でしょうか。野球を広く深く根付かせていく"ヒント"がここにあるのかもしれません。少し日本野球の原点を覗いてみましょう。
第1回早慶野球戦両軍出場選手(提供:慶應義塾福澤研究センター)
かつて、日本には『野球といえば"大学野球"』と言われた時代がありました。今でこそ、甲子園(全国高校野球選手権大会)やプロ野球の人気が高くなっていますが、日本野球の歴史は "大学野球" から始まっています。
1872年、アメリカ人教師のホーレス・ウィルソン氏によって第一大学区第一番中学(現東京大学)の学生へ教えられたことが始まりとされている "野球" 。それをきっかけに各大学にも次々と野球が広まっていきました。そして、その後にできたのが"リーグ戦"です。日本で言えば、今現在、日本各地に26の大学野球リーグが存在していて、その中で最も歴史が古いものが、みなさんご存知の"東京六大学リーグ"になります。
しかし、いきなり、東京六大学リーグができたわけではなく、その発端となったのが、1903年の"早慶戦"(早稲田大学 対 慶應義塾大学の試合)でした。初めての早慶戦は、11-9で慶應義塾大学が勝利を収めました。そして、この初めての早慶戦の試合後、今後、春・夏1回ずつ試合を行っていくことが取り決められ、東京六大学、そして、日本野球の歴史は幕を開けることになります。
その後は、1914年には明治大学が加わり、三大学リーグが開始され、1917年に法政大学、1921年に立教大学、1925年には東京大学が加盟し、現在の東京六大学野球連盟が発足するまでになりました。(大学スポーツ総合サイト「CS-Column no.21」一部参照)
早慶戦開始の挑戦状(提供:慶應義塾福澤研究センター)
今ある"幸せ"
冒頭で述べた「もし、"試合"がなかったら、もし、"大会"が年に1度あるかさえ分からなかったら、あなたは今打ち込んでいるスポーツに必死になれますか?」という質問。もちろん、趣味でスポーツを楽しんでいる方もいれば、仲間内で楽しくやっているから十分という方もいるかと思います。でも、もし、一緒に楽しめる仲間がいなかったら。もし、スポーツができる環境さえなかったら… 答えはどうでしょうか。
日本は本当に恵まれた国だと思います。恵まれすぎているのかもしれません。食事や教育はもちろん、運動機会や運動環境にも大変恵まれています。学校や公園へ行けば、"平らな地面"が当たり前にあって、様々なスポーツの用具や環境が町中に溢れていて、それを一緒に楽しめる仲間もたくさんいます。でも、いきなり"今"ができたわけではありません。たくさんの人の努力があって、その積み重ねがあったからこそ"今"があります。
1歩先へ。
タンザニアでは、少しずつではありますが、着実に野球に挑戦する学校や子どもたち、興味を持ち始める現地の方が増えてきています。各地域に1学校や1チームだけだった状況から、新しく野球を始める学校が増え、チームや選手の人数も増えてきました。
これまでは、自分の学校の周りに野球を行っている学校がなく、1年先の大会に向けて、ただひたすら練習するしかなかった各地域の学校。年末の大会に向け、どれだけ努力して頑張っても、渡航費の関係で参加できない学校さえありました。
でも、今ならできること。今だからこそ始めるべきことができ始めています。それが"試合"であり、地域ごとでの"大会"や"リーグ戦"です。
現在、私の配属されている中等学校では野球部員が増えてきたこともあり、校内4チームによる"校内リーグ戦"を9月中旬から本格的に開始しようと考えています。生徒のモチベーション向上を目的としていて、毎週1試合ずつ、11月末まで行っていく予定です。同地域には、野球が始まって間もない学校もあるので、今後それらの学校も巻き込み、定期的な練習試合や学校対抗のリーグ戦の開催も考えています。
また、つい先日の8月12日、13日には、タンザニア・ザンジバル島で初開催となる野球大会「The 1st Tanzania Baseball Championship Zanzibar2017~Baseball for Justice 」がありました。出場チームはタンザニア本土から2チーム、ザンジバルから2チームの合計4チーム。今までの大会は全て本土での開催だったので、本土の選手は、初めてのザンジバル渡航にウキウキ。また、目標が近くにできたことで、選手たちのモチベーションも上がり、普段の練習がよい緊張感に包まれていました。ザンジバル島でも、1つ屋根の下、みんなで寝食をともにし、試合ももちろんですが、たくさんのことが子どもたちにとって大きな経験になったように感じます。
このように、各学校・地域で試合や大会がどんどん増えていけば、新たに野球に興味を持つ子どもや大人も増え、加えて、今ある学校・地域の野球レベルも確実に上がっていくと思います。そして、学校単位に縛られず、地域単位のクラブチーム設立や試合・大会ができる環境をさらに整えることができれば、学校を卒業した子どもたちも野球に長く、そして、途切れることなく携わっていくことができると思います。ここタンザニアに野球が広く深く根付くための次なる一手。今回の大会は、 選手の成長とともに、"試合"というキーワードを我々に強く示してくれました。
ベストを尽くせ!!!
今、まさに次のステップに足を踏み入れようとしている"タンザニア野球"。課題もまだまだたくさんありますが、前進しているのも確かです。ここを乗り切れるのか、乗り切れないのか。また、どう乗り越えていくかで、これから先が大きく変わっていくように思います。
"人事を尽くして、天命を待つ"
タンザニアに野球というスポーツが広く、深く根付き、そして将来、大きく躍進していけるよう、何事も、ただ、その場しのぎでやっていくのではなく、今できることをよく見極め、その上でよく実践していく必要があります。
タンザニア野球の輝く未来を信じ、関わる人それぞれが、今、自分にできることに全力を尽くす。1日1日、そして、一瞬一瞬を大切にしていかなければなりません。 原点を忘れず、そして、"突き進め、タンザニア野球"
- 【第8回】2018年6月11日 「On the way to dream」
- 【第7回】2018年2月12日 「8760」
- 【第6回】2017年11月27日 「重なれ、想い。」
- 【第5回】2017年9月22日 「1歩先へ。」
- 【第4回】2017年7月21日 「現地とともにあれ。」
- 【第3回】2017年6月16日 「イロンナミカタ」
- 【第2回】2017年5月11日 「俺たちの“ KOSHIEN ”」
- 【第1回】2017年3月28日 「はじまりと今」
著者プロフィール
- 長尾 耕輔
- 1993年12月31日生
2016年6月より青年海外協力隊(体育)としてタンザニアの中等学校へ派遣され、体育教科の指導・普及のために活動を行っている。赴任先の中等学校で、体育と共に野球の指導・普及活動にも携わり、運動を通じて、子どもたちが“人として”大きく、深く、広く、成長できるよう、活動に取り組んでいる。
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