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"世界の野球"受け継がれるSri Lanka野球の物語~光り輝くスリランカ野球の夢~「スリランカ野球の現状」

2018年1月19日

文・写真=八木 一弥

 日本の皆さん。かなり遅くなってしまいましたが、新年あけましておめでとうございます。年明から少し経ちましたが、いかがお過ごしでしょうか。
 スリランカから、八木です!!

 シンハラ語では新年のあいさつは
සුභ නව වසරක් වේවා(スバ ナワ ワサラック ウェーワー)
සුභ අලුත් අවුරුද්දක් වේවා(スバ アルットゥ アウルッダック ウェーワー)
と言います。

 どちらも同じ意味ですので、もしスリランカの方々と新年を祝う機会がありましたら、覚えやすいほうで伝えてみてください。
 この写真は、何か新年に向けてということで、2018年のポストカードを作ろうということになり、子どもたちと撮ったものです。

 2018年が始まり、新しい1年にワクワクしていますが、その反面、まだ新年という実感があまりありません。スリランカでは、あけましておめでとうとあいさつはしますが、本当のお祝いはもう少し先にあります。日本では12月31日から1月1日に新しい年に変わり、その日にお祝いしますが、スリランカではこの私たちの「お正月」の時期に大きなお祝いはありません。なぜなら、スリランカでは4月13日から14日にかけて新しい年に変わると考えられており、そのときに大きなお祝いをするからです。

 このスリランカの「お正月」についても、また今度お伝えできればなと考えております。

 2017年は私にとってはもちろんですが、スリランカ野球にとってすごく大きな1年でした。3月にはパキスタンで行われました第13回西アジアカップで優勝、そのあと10月には台湾で行われました第28回BFAアジア選手権に初出場。そして10月11日から13日のボツワナで行われましたWBSCの会議にスリランカ野球協会会長が出席しました。大会への出場はもちろんですが、このような国際的な会議への参加は、スリランカ野球にとって大きな大きな1歩だと感じています。

 このようにフロントが大きな一歩を踏み出してくれたということで、我々現場もより一層頑張らないとなという気持ちになりました。

 さて、今回はスリランカと野球について少し深くお話しできたらなと思います。現在私が住んでいるのは、中部州のキャンディという街ですが、この地図の色付けした地域に現在野球チームがあります。

 主に西部州のコロンボ県周辺や南部州のゴール県周辺、そして中部州のキャンディ県・ダンブッラ県周辺を中心に野球が発展してきています。そして、昨年、アヌラーダプラという少し北の県で以前あった野球チームが、復活しました。

 コーチがいなくなってしまったり、学校側のサポートが続かず大好きな野球を続けられなくなってしまった当時の選手たちが時を経て大人になり、自分たちがコーチになることでチームを復活させました。10月には大会にも参加、時間をかけて温められていた先輩隊員と選手たちの想いがつながりました。

 それと同時期に、アヌラーダプラ県では新しい大学のチームも発足、野球熱が加速していきそうな予感がしています。

 また東部州のアンパーラ県でも大学チームが一つ活動中、さらにトリンコマリー県でも昨年末に新しい学校で東部州初のスクールチームが始まりました。これもスリランカ野球にとって大きな出来事です。

 スリランカには、人口割合順にシンハラ人、タミル人、ムーア人、バーガー人などいくつかの民族の人々が古くから混住しており、言葉も文化も違います。そんな中で、詳細はここでは割愛させていただきますが、民族間の対立が高まりスリランカ政府とタミル・イーラム解放のトラと呼ばれる組織の内戦が行われていました。そのときタミル人たちが多く住んでいる北部州・東部州地域には立ち入れなくなったりもしました。2009年に内戦が終わり、少しずつ自由に行き来できるようになったものの、現在も歴史的な背景や言語の違いなどもあり、民族間の交流は難しい、という状況が続いています。

 そのような中で、今回東部州初のスクールチームの結成というニュースはとても大きな出来事として、スリランカ野球の関係者の中では話題になりました。今回始まったのはシンハラスクールなので、タミルの子たちが通う学校でというわけではありませんが、少しずつスリランカ全土に野球が広まっていくと嬉しいなと思います。
実際にアンパーラ県の大学チームにはタミルの学生もいて、野球を楽しんでいます。昨年8月に行われた大学の全国大会では、試合中タミル語でやり取りしている姿も見られ、言葉を超えた繋がりが野球を通じて、増えてゆき、(私は野球隊員なので野球を媒体として考えていますが)平和で笑顔があふれる世界になっていけば、こんなに嬉しいことはないなと思います。

 スリランカで活動させていただく中で、口でたやすく言えるほど簡単ではなく、難しい問題が多いことはひしひしと伝わってきますが、できることをコツコツと積み重ねていく中で、何かが繋がり、残っていけばいいなと思います。私の任期も9か月を切り、終わりがうっすらと見え始めてきてしまいました。これまで以上にスリランカの方々と一緒になって、今こうして大好きな野球をやれているということに感謝しながら、生活していきたいなと感じています。

 国内では、U20の全国大会がもうすぐ開催される予定です。当初の予定よりかなり遅れていますが、無事に開催されることを祈るばかりです。各チームが着々と準備を進めています。
 やはり20歳以下のチームともなると、各自で工夫を凝らしながら活動しています。学校2つを兼任しているコーチがその2チームを集めてオープン戦をした後合同で練習したり、自前の道具を作ってきて練習しているチームもあります。野球の道具は買えませんがホッケーのボールや、テニスボールはたくさんありますし、うまく使い分けながら日々練習しています。

 先ほどアヌラーダプラの県のスクールチームが復活しました、というお話をさせていただきましたが、活動休止になった理由は指導者がいなくなってしまったことが一番にあります。スリランカ野球の一番の難しいところはやはりそこかなと感じています。現在は軍の選手や歴史のあるチームのOBたちが仕事をしながら持ち回りで指導しています。またU20の選手たちが年下の子たちにコーチしていることも多々あります。そのため、この世代と野球や日常生活で深くかかわっていくことが次世代の育成に?がっているとも思います。
 こうした中で少しずつですがコーチの数も増えており、以前より確実に改善されてきています。これからさらにスリランカ野球が発展していくためには、いや、それよりも、野球が大好きな子たちが思う存分野球が出来るようにサポートするには、現地の方々に巻き込んでもらいながら、この国のペースで、チームの状況に応じたサポートと環境を整えていくことが先決だなと感じています。

 今回は第5回目ということで、前半4回よりも少し踏み込んだスリランカと野球についてお話させていただきました。少しでもへぇ~と思っていただけるところがあると嬉しいです。

 それでは、今回はここで終わらせていただきます。
 本年も宜しくお願い致します。ありがとうございました。

著者プロフィール

八木 一弥
1993年12月1日生
愛媛県立丹原高校を卒業後、大分大学へ進学。
2016年10月よりスリランカ硬式・軟式野球連盟に青年海外協力隊の野球隊員として配属。「世界中に野球小僧を」モットーに、スリランカの人々に野球の楽しさを伝えいくことを目指している。主な活動は学校・クラブチームへ野球の普及活動、技術指導やナショナルチームの指導。好きな言葉は「野球小僧」。

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