文=藤森健
前回、ブルガリア野球の子どもへの取り組みに関して、10数年前に順調であった活動が一度下火になり、ここ数年で再度活動を盛んにしようと動き出したところであるということを簡単に書きました。
今回はその状況が悪化した要因について、そして、現在まで続く、子どもへの取り組みを難しくしている背景について書こうと思います。
ソフィアにて今年初めての屋外練習風景、参加数が成果の現れ
多くのことが複雑に絡み合っているので単純なことではありませんが、活動が下り坂に転じた直接的なきっかけとして、急激な運営費削減による財政的な問題を挙げることができます。
この国では共産主義体制時からの慣習もあるのでしょう、基本的に国からの補助金が各スポーツ連盟に配分されています。マイナーな競技でも、この国にしてはある程度の額が補助されるため、野球連盟もリーグ戦の運営、代表チームの遠征、普及活動などの費用もここから拠出し、かつては大きく依存していました。また、この予算は連盟を通して、所属するクラブチー厶にも配分されていたため、各クラブの活動にも大きな影響を与えていました。
その補助金が急にある時、大幅に削減されることになりました。理由はオリンピック正式種目から野球が除外されるという決定がなされたからです。
また、不運なことに、同時期にブルガリア特有の事情(この国では時に法律や制度よりも個人の力や判断が優先され、政治家や担当者との強い繋がりの有無や彼らの損得、興味関心で物事が左右される……)により、更に縮小され、遂に数年前には、野球連盟への配分は無くなりました。 ―― 因みに東京五輪で野球競技の実施が決定されてからも、現在まで国からの補助金は無く、連盟加盟のクラブチームから年会費を徴収するなどして連盟を運営しています。
この補助金の縮減が子どもへの取り組みに大きな影響を与えました。連盟も各クラブもそれまでの活動を縮小しなければならず、その結果、子どもの活動を後回しにし、大人の活動を優先するということになりました。
この時以来、徐々に子どもへの取り組みは失速し、当然、それに比例して子どもの数が減りました。そして、以前書いたように活動を完全に取りやめるクラブも現れ、今から数年前には子ども野球が消滅してもおかしくないような危機的状態にまで陥ったのです。
当時、「大人を優先する」という決定は苦肉の策ではあったはずです。その一方で、この決断は元々あった考え方が、事情により顕在化しただけで、基本的に彼らの中に強くあるものだと今は感じます。そして、ブルガリア野球を知るに連れて、この考え方が財政難よりも、子どもへの取り組みを難しくしている根本的な問題だと理解するようになりました。
この国では連盟やクラブで主導権を持つ関係者の大部分は「自分が選手として野球を楽しみたい」という考えを強く持ち、それを動機として運営に関わっています。彼らはこの国で野球を大人になってから始め、自分たちで野球連盟を作った世代ですので、人一倍、野球に強い情熱を持っています。また、もう良い年齢ですが、全体の競技レベルを理由に、未だに現役選手として存在できてしまっていることが、そのような価値観を彼らに抱き続けさせているのだと思います。
当然、個人がスポーツに参加するという意味では「自分が選手として楽しむ」ということは年齢に関わらず正論であり、決して悪いことではありません。ただ、競技団体として、公益性や競技の振興ということを考慮すると、それだけでは十分であるとは言えません。
現在、時間の経過とともに彼らの引退が現実的になり、ようやく真剣にブルガリア野球の将来を考え、予算の乏しい中でも、子どもへの活動に協力的になりつつあります。それでも、残念なことに、下の世代にも大人優先、自分優先という考え方が慣習として根付いてしまっています。例えば、定期的な子どもの練習が、急な大人の試合や練習のために中止にされることなども珍しいことではありません。子どもへの取り組みと同時に、なんとかこの状況を改めることが必要とされています。
今年は冬の間、室内で子どもの大会も複数回開催された
その反面、新たに子どもの取り組みを始めた有志達には頭の下がる思いで一杯です。彼らは皆、情熱を持ち、何とか野球を普及させよう、そして、参加者の子ども達にとって意味のあるものにしよう、と不利な状況の中、努力をしています。
彼らは連盟を作った世代、そして同世代の大人優先という価値観を持つ者たちと多くのことが異なります。決定的なのは、野球を子どもの頃から経験していることです。彼らが野球を始めた時、すでにこの国に野球はあり、そして、彼らは皆、子どもの頃のポジティブな野球体験を持っています。そのことが、彼らを子どもへの取り組みに骨を折ることを可能にさせているのだ、と共に活動をしていて感じます。
つまり、今の彼らがあるのは10数年前まで行われていた取り組みの成果とも言えます。また、そのことは現在、そして、これからの活動の指針となるものです。彼らのような体験を持つ者が多くなれば、将来的に自ずと彼らのような価値観を共有する者が増えるはずです。そして、それはブルガリア野球の発展・振興に大きく寄与することに違いありません。
現在行われている子どもへの取り組みは、当然、参加している子ども達にとって意義のあるものでなければなりません。それと同時に、これからのブルガリア野球を作って行くためにも重要なものです。その認識のもと、ここ数年で仕切り直して、動き出した子どもへの取り組みです。
今後、ブルガリア人達がどのような活動をしていくのか、それによってどのような変化が起きるのか、引き続き、この場で紹介していけたらと考えています。
- 【第12回】2020年8月7日 「2020年シーズン開幕」
- 【第11回】2019年9月17日 「2つの国際大会」
- 【第10回】2019年6月28日 「日本からの支援」
- 【第9回】2019年4月17日 「子どもへの取り組み(後編)」
- 【第8回】2019年2月4日 「子どもへの取り組み(前編)」
- 【第7回】2018年12月18日 「2018年シーズン終了」
- 【第6回】2018年10月12日 「Baseball5 バルカンオープン」
- 【第5回】2018年7月25日 「フェデレーションズカップ予選」
- 【第4回】2018年5月21日 「ブルガリア野球と日本のつながり」
- 【第3回】2018年4月9日 「ブルガリア野球の概要(後編)」
- 【第2回】2018年3月15日 「ブルガリア野球の概要(前編)」
- 【第1回】2018年2月19日 「ブルガリア基本情報」
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