文・写真=元 野球日本代表 清水直行
自信は木っ端微塵に打ち砕かれたことだろう。
ニュージーランドのU15代表メンバーの捕手に、両親が日本人で自らはニュージーランドのパスポートも持っている安江和也君(やすえかずや君)という選手がいる。
私がニュージーランドに渡ったときは、まだU12の代表選手だった。攻守にニュージーランドの同年代では高いレベルにあった。3年後を見据え、「こういう選手が伸びてこないと世界では戦えないだろう」と期待をかけていた。
ただ、彼のフリー打撃を見ると、がっかりさせられてしまっていた。1、2の3で気持ち良くフルスイング。打球をとにかく遠くへ飛ばしたい。そんな気持ちのまま、ただただ気持ち良くバットを振り抜いていた。当然だろう。まわりの選手よりも強い打球が飛ばせるのだ。
だが、世界の舞台へ上がれば、1、2の3で投げてくる投手はまずいない。変化球を交えた緩急があり、フォームを工夫して球の出所を見にくくしたりもする。
「ここでは、それでいいけど、日本の同年代はもっとレベルが高いぞ」。ボールを引きつけて打ったり、センター方向へ打ち返したりと打撃練習で工夫をしなければ、世界では通用しない。期待が高いからこそ、口を酸っぱくして言い続けてきた。
残念ながら、彼は変わらなかった。私自身が変えてあげることができなかったともいえる。WBSCが主催し、日本で昨夏に開催されたU15ワールドカップ。彼は大会前、初めて同じ年代の日本代表と戦った。
練習試合で、彼は肌でレベルの差を痛感させられた。スタメン捕手で起用したが、打撃では当然のごとく無安打。彼が待っていたど真ん中の絶好球などただの1度もこなかった。大会もチームは8連敗。全試合で先発出場した彼の安打数もわずか2本だったと記憶している。
守備でも、インサイドワークで課題が浮き彫りになった。日本の猛暑にスタミナ不足も露呈。肩で息をする姿は見ていて心配にもなった。これが世界、これが日本のレベル。同じ世代に全く歯が立たない厳しい現状を目の当たりにしたのだろう。
半年も前の話をあえて書いたのは、この話には続きがあったからだ。彼の心は完全に折れることはなかった。むしろ、未来へと向いていた。「僕は日本で高校野球がしたい。うまくなるには、いま日本に行くしかない」。彼はニュージーランドで仕事をする父にこう話したそうだ。長く海外で生活し、日本語の読み書きだって、決して十分ではない。それでも海外からの編入が可能な高校を探し、合格した。
4月から高校1年で在籍することになった。母と2人の弟とともに日本へ帰国。単身赴任になる父も、息子の決断を尊重して快く送り出した。
甲子園にも過去2度出場した強豪の硬式野球部。部員も100人を超えるそうで、待っているのは、厳しい競争の世界だと容易に想像できる。
彼は私に言った。「U18のニュージーランド代表に選ばれるような力をつけて戻ってきます」。日本の野球に、これでもかというくらいもまれてほしい。壁にぶち当たってもいい。跳ね返されても立ち向かった先にこそ、成長がある。3年後、成長した正捕手がニュージーランドに戻ってきてくれることを心待ちにしている。
(構成協力:産経新聞社 田中充)
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著者プロフィール
- 清水直行(しみず なおゆき)
- 1975年11月24日生まれ 京都府出身。日大、東芝府中を経て、99年にドラフト2位でロッテに入団。2002年から5年連続で規定投球回、2桁勝利を継続し、エースとして活躍。05年は31年ぶりの日本一にも貢献した。04年のアテネ五輪、06年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に日本代表として出場。10年から横浜(現:横浜DeNA)。プロ12年間で通算105勝、防御率4.16。現役引退後は、ニュージーランド野球連盟ゼネラルマネジャー補佐、同国の代表統括コーチを務める。
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