文・写真=野中寿人
日本の高度な野球環境の中に身を置き、グランド内や、グランド外での総合的な部分での野球への取り組みや、そして、野球選手としての細部に至る部分の動きなどは、往々にして野球途上国の中には存在しないものです。たとえ、以前に国内で指導を受けたとしても、その証明となる既成事実や見本が、国内には存在していないことが多いことからも、実際に自身が体験をすることが出来ない範囲となってしまいます。
つまり、自身の中で思い描く思考的想像だけに留まっている事柄が多くなり、加えて、その想像が正解とされる範囲に属しているのか?いないのか?についての確認や認知も困難となります。
以上のことについての吸収と消化を目的の最大主旨に含ませたのが「日本野球修行プログラム」であり、昨年度に続き、今年度も、上記内容の「日本野球修行プログラム」として、深谷組硬式野球部(社会人野球チーム/さいたま県、大宮市)への研修を実施致す運びとなりましたこと、読者の皆様方、日本の野球関係者の方々に、ご報告をさせて頂きます。
今年度の渡航選手は、昨年度同様に、現インドネシア代表ナショナルチーム所属で、次世代のインドネシア代表ナショナルチームを牽引して行く、「投手1名と内野手1名」であり、両名とも年齢は22歳と21歳の大学生となります。研修期間は90日/3か月となり、練習への参加、また、毎オープン戦などへの参加によって、日本の野球から多くの事を吸収し、自身のスキルUPへ繋げるものです。
研修渡航に際して選手たちに期待することは多々あるのですが、その中でも、日本の野球の土台となる基本的な部分です。例えば、1つの例としてボールに携わっていない「間の動き」が挙げられます。この「間の動き」とは、次のプレーに移行する為の「準備」と「その仕草」を意味します。
持って生まれた「センスや感」によって、また、現地国内での「スキル」によって、ある程度の習得は可能ですが、更なる「気づき」と、その「ルーテーン化」へ至る部分については、野球途上国の中においては周囲との同化作用からもレベルアップが非常に難しいものです。また、この部分は、国最高峰のトップチームであるインドネシア代表ナショナルチーム所属という、一種のステータス上の驕りからも連動をしてしまうこともあります。
自身よりも高いレベルの選手たちの中に身を投じ、周囲に促されて同化をし、初めて自然体として身につくものともいえる事で、この様な場所の「提供と実施」が、アジア野球途上国には必要だと強く感じています。
国内での指導において、ある一定のレベルへの到達は可能でも、それ以上のレベルへ引き上げるには、その国の野球への体質や社会的な見解から徐々に難しくなってくるのが事実です。ことインドネシアにおいては、この様な悪条件が選手個々のスキルの向上に大きな妨げをきたしています。まずは、その国や環境より高いレベルの場所に身を置いて、レベルの高い国のシステムや、選手たちの行動様式を知り、それを真似することから進んでもらいたい。このことにより、レベルの高い国や選手たちの野球に対する全体的な視点や思考が理解できるわけで、高いレベルに向かうに必要とされる諸々の事柄に、初めて身を持って「気づき」が生まれてきます。
そして、この研修で、自身のレベル向上に伴い、以前より受け入れられなかった価値観を受け入れることが可能となり、自然と、その価値観で物事を捉えられる様になると判断をします。また、この新しく備わった価値観が、野球途上国内の「伝道」へと連動をし、国内の野球発展に際して最も重要な財産として蓄積されて行くのです。
更に、この修行プログラムで日本へ渡航するインドネシア代表ナショナルチームの選手は、受け入れ先となる、深谷組硬式野球部の選手の方たちと、「同世代の選手」であるという部分が、非常に大きなプラスの影響を齎せてくれています。グランドを離れた共同寮生活においても一層の交流を齎し、同化力を増す要因となりましょう。
人間の成長は、その身を置く環境に左右されます。野球選手とて同じことで、周囲のレベル環境が自身の成長の度合いに大きく連動します。練習や周囲の環境状態が重要となり、更には、野球選手として成長を必要とする「時間」には限りがあることからも、質の良い経験と体験による成長が好ましい訳で、平凡な経験と体験の値では大きな成長は期待できません。すなわち、レベルの低い環境では、低いレベルの選手で終わってしまうということです。
また、その一方で生じる問題としては、高いレベルの場所や環境に身を置くことは、相対的な見解から、当然、自身のレベルが低くなるということを意味することです。それは言い換えれば、自身が自身に対して「戦力不足」「役不足」の選手と化すことを与えることです。また、研修終了後の帰国においても、高いレベルの環境から、低いレベルの環境へ戻ることになりますが、これらのギャップに対して精神的に大きな落胆が生じます。このような精神的な問題に対しては、しっかりとした自分自身のあり方が重要となり、我々、現地サイドの人間が、渡航する選手たちに対して、継続性を持って、この精神的な部分をケアーして行くことが必要です。
以上の内容を含む野球途上国におけるプログラムも、国の体質により遂行がままならない場合が出てきます。これはどういう事かと申しますと、冒頭に記載致しました今年度の2名の渡航選手の内の1名(投手)が、在学している大学からの渡航許可が受理されないという事態にみまわれたのです。国家スポーツ省やインドネシアアマチュア野球連盟からの経緯説明書と渡航嘆願書を大学側へ提出をし、渡航予定日直前まで交渉を致しましたが、結果として渡航許可を得られず無念の断念となってしまいました。
この様な結末は、野球が人生の選択肢に上がらない、インドネシアの現実社会においては、どうしようもない事として、受け入れなければならず、今後、文科省などを含む該当局へ、野球の持つ教育面を、強くアピールをして対応策を見いだすことが不可欠です。従って、今年度の深谷組硬式野球部様への野球修行プログラム参加は、内野手1名になります。
また、今年度の野球修行プログラムのスケジュールの中で、6月10日に、深谷組硬式野球部と読売ジャイアンツ3軍との記念試合が読売ランドのジャイアンツ球場で予定されています。インドネシアの選手が、日本のプロ12球団との試合に参加させて頂くことは、インドネシア野球初のことでもあります。この様な何ものにも変えがたい特別な体験の中から、より多くの吸収事項を摂取してもらいたいと期待します。このコラムご愛読の方々のジャイアンツファンの皆様、当日、ジャイアンツ球場で、インドネシア人選手に激励のお言葉をかけて頂ければ幸いでございます。
野球途上国には、レベルの高い場所、そして環境に飛び込んで行く勇気と、野球に対する向上心に燃えたぎる選手たちで満ちています。以前からの項でも再三にわたり申し上げていますが、この様な高いレベルに身を置かせてもらえる環境のご提供を、高校野球、大学野球、社会人野球、独立リーグ、プロ野球リーグといった、日本の野球団体の方々にお願いをさせて頂きたい。
野球途上国の現実問題として、国内での継続的な代表チームの編成から活動が困難であり、この様な状況下において、国内に有望な選手を温存させていても、何のメリットもありません。多くの選手を野球先進国と位置づけされる海外に渡航させて、高いレベルの環境に同化させる修行を繰り返し行うこと。
この同化が国内に広まり、自然と選手個々と国内の野球が向上して行く。これはインドネシアだけでなくアジアの野球途上国の全ての国が希望することです。しかし、野球途上国イコール資金難という部分から、渡航に際しての日本往復の交通費、宿泊や食を含む滞在費などの費用捻出のハードルが高く、容易なことでは無いのも事実なのです。
この項の最後に、昨年度に引き続き、研修の受け入れと、纏わる費用等のご支援を受け賜ります「深谷組硬式野球部様/深谷社長様」には、心より深く感謝を致しております。この場をお借りして心より御礼申し上げます。
※インドネシアからの選手は4月27日に日本へ上陸をし、29日に行われました武蔵大学とのオープン戦より試合に参加をさせて頂いております(6回から途中出場/1安打)
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著者プロフィール
- 野中 寿人(のなか かずと)
- 1961年6月6日生。日大三高野球部在学3年の夏に西東京代表にて全国高等学校野球選手権大会に出場。
その後、日本大学体育会硬式野球部へ進学。日本大学では1年の秋から体調を壊し2年間の休部をし、現役野球人生を終える。大学卒業後は、フィリピン、サイパンなどで仕事をし2001年にインドネシアのバリ島へ移住。2004年からバリ島の子供達に野球を教え始め2005年にリトルリーグを発足。2006年にはバリ州代表監督に就任、また、クラブチームを発足。2007年にはインドネシア代表ナショナルチームの監督に就任。2007年のSEAゲームスで銅メダル、2009年のアジアカップで優勝、同年のアジア選手権大会へ出場。その後、インドネシア代表ナショナルチームの監督を辞任し、地方州底上げの為に、東ジャワ州代表監督に就任。2011年のインドネシア国体予選で準優勝、2012年のインドネシア国体前哨戦で優勝、同年のインドネシア国体決勝大会で銅メダル。そして2014年からインドネシア代表ナショナルチームの監督に復帰をし、2015年の東アジアカップで準優勝。
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